ライプツィヒの西側にあるプラクヴィッツ(Plagwitz)地区を散歩していると、突如住宅街の一角に、廃材でできた謎の空間が・・・。なんだろうと中に入ってみると、小さなスケールの迷路のような空間に、子供たちの楽しそうな声が響きわたっています。
走り回る子、建物を直す子、自分の「家」でお絵かきする子、みな好き勝手に遊んでいます。
広場に出ると、大人たちがコーヒーを飲みながらくつろいでいました。
なんともユルくて素敵な場所です。
オーガナイズを行なっているのは教育学や作業療法を学んだ5人の若者で、2008年からこの場所で活動しています。彼らの活動はまず場所探しから始まりました。建物が取り壊され、空地になっていたこの場所をみつけ、土地所有者にコンセプトを説明して貸してもらえるよう掛け合ったそうですが、最初はなかなか理解してもらえなかったといいます。
場所を確保した後、原っぱだったこの場所に子供たちを呼び入れ、解体された家の廃材や、いらなくなった家具や工具をもちより、子供たちと共に少しずつこの空間を作っていったそうです。現在では市内の様々な地域から子どもと親が集まり、週に一度バーベキューやピザを焼いてたべるパーティーをしたり、季節によって料理や家具作りなどのイベントを行なっています。子どもを持つ親をはじめ、この場所を支援する人も増え、ライプツィヒ市から助成金を得られるまでプロジェクトが成長しました。
この秘密基地のような空間は現在も拡張中です。下の写真は新作の「コンポストトイレ」。実際に下のものを肥料にして畑に使っているそうです。
開園中は常に大人が交代で子供たちを見ていて、あまりにも危ないことをする子どもは止めますが、基本的には自由にやらせています。オーガナイザーの一人である29歳のダービッドさん(写真左)は、作業療法士として働いていましたが、子ども達が自分の手で作る喜びを味わえるような場所を作りたいと思いたち、このプロジェクトを始めたそうです。彼は、現在の都市に、子供たちが自分の手で空間や物を自由に作って遊べるような機会がなかなか無いことを指摘します。
「今の公園はとても綺麗に安全に整備されてるけど、退屈だ。退屈な空間って子どもの成長に良くない。ここでは子供たちが自分たちで何をするか、どうやって作るかを考える。多少危険でもやってみる事で、リスクを引き受ける楽しみを学ぶんだ。この場所のルールはすべて子供たちが考えて話し合って決める。民主主義の原点さ!」
ダービッドさんに次の目標は?と聞くと、「次はブタやウサギを飼いたい!子供たちは動物が大好きだからね。」との答えが返って来ました。ライプツィヒの都市の隙間に空いていた空間が、若者と子供たちの創造力によって生き生きと蘇っています。
WEB : Bau-Spiel-Platz “Wilder Westen“
– – – – 参考 – – – –
子どもの自主性を尊重した遊び場を作る実践は、1943年にデンマークのランドスケープアーキテクト”Christian Sørensen”が行った”Gerümpel-spielplätze”に始まり、戦後同種の実践が欧州と米国に広がった。英語では”The Adventure Playground”、ドイツ語では”Abenteuerspielplatz”と呼ばれる。日本では、1979年にオープンした東京都世田谷区の「羽根木プレーパーク」が最初の事例であり、以降「プレーパーク」や「冒険遊び場」という名前で全国的に広がっている。
日本冒険遊び場づくり協会
NPO法人プレーパークせたがや
(大谷 悠)