ハウスハルテン(HausHalten e.V.) は、市内の空き家の所有者と使用者の仲介を目的として活動しているライプツィヒの市民団体である。2004年秋、歴史的価値を持ちつつも人口流出によって大量の空き家を抱えていたリンデナウ地区で、なんとか地域の建物を守りたいと画策していた住民団体「リンデナウ地区協会」のメンバーが中心となり、ライプツィヒ市都市再生局(ASW)の職員、学生、建築家らと共に立ち上げられた。歴史的、都市計画的に重要な建物が重点的に再生対象となっていて、特に19世紀末から20世紀にかけて建てられた「グリュンダーツァイト(Gründerzeit)」と呼ばれる様式の瀟洒な建築の保存が当初の目的であった。ハウスハルテンの最大の特徴は、通常のリノベーションに対する助成とは異なり、所有者が自己資金を投入する必要がなく、誰かに空間を使ってもらうことで空間を保全するという「使用による保全」をコンセプトとしている事である。現在4つの異なるプロジェクトが同時並行で進められている。ここではそのうち「家守の家(Wächterhaus)」と「増改築ハウス(AusBauHaus)」について紹介しよう。
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・家守の家(Wächterhaus)
「家守の家」は、通常5年の期限付きで空き家を使用希望者に格安で貸し出すプログラムである。2005年に始まり、2012年末現在までに市内の20軒近くの空き家がこのプログラムによって再生されてきた。
「家守の家」の仕組みは、物件の所有者と使用者の双方にメリットが有る。所有者は、使用者にいてもらうことで、建物の維持管理費を免れ、さらに自己負担なしでヴァンダリズムなどによる建物へのダメージを未然に防ぐことができる。また5年間の間にその建物にどれくらいの需要があるかテストする事ができ、今後の投資を考えることができる。他方、使用者である「家守」は、原則家賃負担なしで、自分たちの活動や生活に使える自由な空間を得ることができる。「家守の家」の物件は、いわゆる原状復帰義務がなく、好きなように空間を改変することができる。ただし、ハウスハルテンと「家守」の契約は、通常の賃貸契約ではなくあくまで「使用契約」である。よって建物が損害を受けた場合、修繕の責任はすべて使用者が負う。よって使用者はバンダリズムに備え、損害保険に加入することが推奨されている。使用者(「家守」)は、毎月0.5ユーロ〜2ユーロ / ㎡(60円〜250円 / ㎡)をハウスハルテンに仲介料として払っている。これがハウスハルテンの運営費にあてられている。
(左)家守の家の物件の一例。黄色い垂れ幕がトレードマーク。 (右)改装中。旧「日本の家」は「家守の家」プログラムを利用していた。
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・増改築ハウス(AusBauHaus)
「増改築ハウス」は2011年から始まった、ハウスハルテンの新たなプログラムである。「家守の家」が5年の利用期限付きで、しかも居住を前提としていないのに対し、「増改築ハウス」では、物件所有者の意向によって期限付きないし無期限のどちらの利用方法を取るかが決められ、通常の賃貸契約が結ばれる。所有者と利用者の双方が、居住を含む長期的な視点で建物の利用計画を立てられる仕組みになっている。
「家守の家」同様、屋根の防水と基本的な設備系統以外、補修・改修工事は利用者の責任範囲である。ただし、建物の状態があまりに劣悪で、専門技術者や建築家、構造家を必要とする場合は、ハウスハルテンが仲介支援を行う。ハウスハルテンは、所有者と賃借者の双方から少額の仲介料を得ている。現在では多くの若者のグループが自ら工具を持って自分たちの生活空間を作っている。
(左)(中)増改築ハウスの物件の一例 (右)増改築ハウスの仕掛け人、ローター氏、自作のキッチンと共に。自身も増改築ハウスに住んでいる。
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このようなハウスハルテンの活動は、都市再生計画を実際の都市空間に落としこむ役割をも担っている。ライプツィヒ市はハウスハルテンの活動を市内の空き家対策の重要な柱と位置づけていて、再生重点地域の空き家に狙いをつけ、所有者にコンタクトをとってハウスハルテンのプロジェクトを紹介し、物件の提供・貸出を促している。
一方、格安で自由に使える空間に惹かれ、「お金は無いが、都市に活動拠点が欲しい」と考える若者やアーティスト、文化・社会活動を行う人々が積極的にハウスハルテンのプログラムを利用している。もともとは「文化財保全」という目標で立ち上げられたハウスハルテンだったが、このような人々に利用される事を通じて「オルタナティブな文化活動をサポートする」という役割をも担うようになった。実際、ハウスハルテンは、利用者への工具や機材の貸出、資金集めの相談、電気・水道・施工に関するアドバイスなど、DIYに関するかゆいところに手が届くサポートを行なっている。これは地区にとってもメリットが有る。新しい層の人々が地区に流入することで、連鎖的に空家が増える疲弊の悪循環を脱することができ、彼らの活動によって地区に更に人々が集まるという連鎖的な効果が生まれている。
現在ではハウスハルテンの活動が他都市にも注目され、同様の取り組みが、ケムニッツ、ハレ、マグデブルグ、ゲルリッツなどの空き家を抱えた都市で始まっている。今やハウスハルテンの活動は、空き家再生のライプツィヒ・モデルとして全国的に認知されるようになっている。都市が縮小し、不動産市場が崩壊している状態では、空間の交換価値による施策はそもそも意味を成さない。ハウスハルテンの活動は、「本来、空間は使われることで初めて価値を持つ」という原点にまで立ち返った結果、不動産ベースでは解決できなかった空間の保全と地域社会の再生という課題に対して成果を生んでる。
(大谷 悠)
*本稿は拙筆「縮小都市ライプツィヒの地域再生」『季刊まちづくり38』学芸出版社の一部を抜粋した内容に加筆したものである。
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