ヌス氏らの「クンツ・シュトッフェ」の活動の特徴は、文化プロジェクトや空き家再生にとどまらず、自分たちの場所を維持する仕組みづくりまで踏み込んでいる点である。「クンツ・シュトッフェ」のメンバーは2011年に「住まい共同体”セントラルLSW33”」という有限会社を設立した。この会社の目的はコーポラティブハウスのための建物の共同購入である。2012年にゲオルグ・シュヴァルツ通り11番の建物とメルゼブルガー通り102番及び104番の建物、及びこれら3棟をつなぐ中庭の空間を、56,000ユーロ(当時でよそ600万円)で共同購入した。どれも築100年前後で、内部にはゴミが散乱し、インフラの整っていない廃墟に近い建物である。資金は貯金や友人、親戚から集めて銀行からは一切借りていない。また物件が棟ごとの利用者の意図で不動産市場に流れることの無いように、棟ごとに団体として登記し、更にそれを住まい共同体がまとめている。つまり仮にある棟の利用者団体がその建物を売ろうとしても、他の棟の団体がこれを阻止できる仕組みになっている。家賃は2.5ユーロ/㎡に抑えることが決まっていて、20代から50代の16人が入居予定である。電気、水道、ガスなどのインフラ設備は一切整っていなかったため、最初の物件の改修工事は近隣の建物から電気を借りて進めたという。改修工事のうち、ゴミの片付け、床貼り、壁塗りなど、自分たちで出来るところは全て自分たちで行なっている。「住まい共同体」のような、建物の共同購入を行うプロジェクトは、ライプツィだけでも20以上あり、近年とくに増えている。
活動の背景にあるのは、この地域で起こっている家賃の高騰である。ゲオルグ・シュヴァルツ通りの50番前後では大手ディベロッパーによる大規模な再開発の計画が進んでいる。完成すると、ゲオルグ・シュヴァルツ通り沿いの建物を含む60の建物、590戸の住戸、10の商店が新たに生まれることになる。住戸は6.5ユーロ/㎡で、この地域にしては極端に高い。プロジェクトが成功すれば今までにない層の人々が流入する事になる。ヌス氏はマギストラーレマネージャーとして、「多様性が増すことで新たな展開が期待できる」と言いつつも、周囲に与えるジェントリフィケーションの影響を危惧している。ゲオルグ・シュヴァルツ通りのある物件では、2010年に売りに出されたときは55,000ユーロであったところ、2012年には80,000ユーロにまで値上がりしている。最近では不動産屋がこの地域に興味を示し始め、物件を調査している。
このような動きに対し、活動を行ってきた人々と文化プロジェクトが地域から追い出されることがないように、長期的に手頃な家賃での生活を確保することが、この「住まい共同体」のモットーとなっている。自由な活動場所を確保するには、買い上げるのが一番確実だし、長期的には空間を賃貸することでコンスタントな家賃収入が見込め、経済的にも助成金や寄付に頼るより活動は安定的する。それでも、このような営利ベースでない文化プロジェクトを軌道に乗せるのは容易ではない。「クンツ・シュトッフェ」のオーガナイズに関わる人々の中にも、生活保護等の社会保障を受けている人々が少なくないという。これについてヌス氏は、「彼らは社会的取り組みのために日々活動しているのだから、生活保護は国からの『助成金』と考えればよいのではないでしょうか」と話していた。
ゲオルグ・シュヴァルツ通りでは、「クンツ・シュトッフェ」以外にも、東ドイツ時代の歴史を収集保存する運動を行う団体や、お金はないけれども世界を見たいという若者が短期間ライプツィヒで簡単な仕事をしながら滞在できる場所、子どもを連れてきて預けながら仕事場所をシェアできる「親子オフィス」など、様々なアクターが独自の活動を展開している。ヌス氏はマギストラーレマネージャーとして各団体とコミュニケーションがある。2015年以降、マギストラーレマネージメントの契約が切れた後も、彼女と「クンツ・シュトッフェ」は地域に残り活動を続けるので、地元のネットワークは維持される。
ヌス氏らの、地域社会のプラットフォームをつくる活動をサスティナブルなものにしたいという動機が、行政や通り沿いのアクターと非常に密なネットワークを形成し、コーポラティブハウスの取り組みやマギストラーレマネージメントへと広がってきた。筆者らがはじめて「クンツ・シュトッフェ」を訪れた時、ヌス氏は改修工事の真っ最中で、軍手作業着に頭をホコリだらけにしながら建物を案内してくれた。マギストラーレマネージメントのオフィスで働く姿とは偉い違いである。しかし計画側であり同時に手を動かすアクターでもある彼女のスタイルからは、「地域再生」の本質が見えてくる気がした。
(大谷 悠)
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